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茶道の作法あれこれ

みなさん、こんな疑問を持ったことはありませんか??

「茶室が四畳半なのはなぜ??どうして??」


理由その1
室町時代、足利義政造営の東山山荘(銀閣寺)の東求堂の書院、同仁斎の茶室の広さが、
茶室が始まったとされた頃に四畳半だったからという説。


理由その2
村田珠光、武野紹鴎、千利休など、名だたる茶人たちが四畳半を基本にしたことが、
茶室が広まるもととなり、四畳半という広さが決定的になったのではないか?という説。


理由その3
お客様を大勢対象としていた会所、また書院座敷での喫茶などが少人数で嗜む草庵の茶の湯に変化していく
上で、四畳半という広さが見合う広さになっていったのではないか?といいう説。


単純な私的創造をしてみると、実際には「理由その2」に近かったんじゃないかな??
なんとな~くその広さがハヤリ(イケてる)みたいになって、スタンダードになったんじゃないの??って思う。

他にも例えば、
「茶室の入り口は何故狭いのか?」
の理由について考えた事ありますか?この狭い入り口は茶室特有のもので、小さな出入り口で躙口(にじりぐち)
と言うんです。大きさもある程度一定で、高さ二尺二寸余、横二尺一寸が標準的です。
このにじり口は千利休によって始められたと伝えられています。また、他の説としては屋形船の出入り口がヒントとなったのではないか?
という説もあります。

茶道には、お客様が茶室ににじりながら入る(ねじりながらではない)と言うような礼儀があって、しかも狭いところに
身をかがめて入ると、部屋の広を広く感じる事ができたり、床の間が目線と同じになったりと視覚的効果もあるようです。

さて、女性が茶道を嗜むようになったのは明治以降のことです。
近代茶道の創始者といわれている、裏千家十三世圓能斎宋室が女学校の教育に茶道を取り入れたのがその始まりとされています。
さらに昭和になり、女子教育が盛んになっことで急激に普及しました。

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